永々棟の十二か月

永々棟の十二か月

神無月
奥方気分を満喫した『井筒』の夜

石橋郁子

その名を欺き神無月の京都はお祭り月。方々の神社では収穫の歓び溢れるお祭りが目白押しです。とりわけ、平野の家・永々棟にほど近い北野天満宮の「瑞饋祭(ずいきまつり)」は、里芋の茎・芋茎で屋根を葺き、茄子やトウモロコシ、唐辛子など色とりどりの野菜で飾り立てた二基の輿が氏子町内を練り歩き、ほれ、このように今年もこんなに収穫できましたと神に感謝する陽気なお祭りです。

十月、永々棟では高津古文化会館との共催で「のぞいてみよう、サムライカルチャー」と銘打って「奥道具にみる武家文化」を後期特別展として開催。武家の奥道具とは室やお女中方の使う道具や調度のことで、化粧道具や文房具、香道具などの優美なお道具です。泰平の世が二百六十年も続いた江戸期武家の奥道具は、すでに質実剛健な武士のイメージからかけ離れた絢爛豪華な品ばかり。高津古文化会館の雨宮学芸員によれば奥道具、とりわけ婚礼道具の豪華さによって家格を見せつけたものらしく、婚礼道具の目録代わりに実際の道具の雛形を誂えて婚家に持っていったというのです。そのミニチュア道具はあくまで婚礼調度の雛形で、雛道具ではないのです。

この催事の一環として開催されたのが永々棟での座敷能。舞・味方玄(みかたしずか)さん、笛・森田保美(やすよし)さん、謡・分林道治(わけばやしみちはる)さんといった豪華な顔ぶれで、紋付袴といった簡素な姿であっただけにいっそうそれぞれの芸が際立ったことでした。演目は「井筒」。百二十五の説話で構成される物語『伊勢物語』の中の二十三段、在原業平(ありわらのなりひら)とおぼしき少年と幼馴染みの紀有常女(きのありつねのむすめ)と思われる少女の物語を世阿弥がアレンジしたもので、帰らぬ夫を死んでなお待ち続ける妻の霊の物語。夫の形見の衣装をまとって舞う姿はもの狂おしくもありますが、何といっても男が女を演じる能にあって、その女性になっている男性演者が男になるというややこしさがあり、男女一体となって舞うところがこの能の特徴なのだとか。

この日、その難しい舞を舞われた味方さんは、「テアトル・ノウ」を主宰され、分かりにくいお能を分かりやすく解説するなど、精力的にお能の魅力を伝えている能楽師。この日も『筒井筒』という『伊勢物語』のお話やこの能見どころを解説していただき、お客様たちはすっかり魅了されていたようでした。それよりも尚、私が驚いたのは味方先生の声。ふつうにお喋りされている時と謡を謡う声は全く違って「喉にマイクが仕込んであるのやろか?」と思えるほど。よく通る声で謡いあげられるのです。

オレンジからブルー、やがて夜の帳(とばり)をおろしていく空の変化も幽玄を味わうには恰好の舞台装置で、能楽堂で観賞するお能とは別の趣がありました。そもそもこの演能は、サムライ・カルチャーをのぞくという趣旨であっただけに、その昔、武士たちが教養の一つとして嗜んだお能をこうしてお座敷で楽しめたことで、武家文化の一端を垣間見ることができたような気がしたことでした。

いつの日か、永々棟の庭に能舞台を設けて、夏の夜もしくは虫たちが集く頃に、薪能を開催したいと強く感じた夜でした。

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